横浜地方裁判所 平成10年(ワ)2860号 判決
原告 A
原告 B
原告 C
原告ら訴訟代理人弁護士 佐藤啓
被告 D
右訴訟代理人弁護士 鈴木輝雄
主文
一 被告は、原告Aに対し金九六万四〇一〇円、原告Bに対し金三七万二〇〇五円、原告Cに対し金三七万二〇〇五円(原告三名合計で金一七〇万八〇二〇円)並びに右各金員に対する平成八年一二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告らの請求
被告は、原告Aに対し一三三九万六四一一円、原告Bに対し七〇九万八二〇五円、原告Cに対し七〇九万八二〇五円(原告三名合計で二七五九万二八二一円)及びこれに対する平成八年一二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、亡X(以下「X」という)の遺族である原告らが、Xは平成八年一二月二一日に被告から暴行を受け、そのため平成九年一一月二日死亡するに至ったと主張し、被告に対し不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
一 前提事実(以下、2の事実は争いがない。)
1 原告A(大正一二年八月九日生、以下「原告A」という)は、X(大正七年七月一五日生)の妻、原告B(昭和二一年九月八日生、以下「原告B」という)及び同C(昭和二四年四月四日生、以下「原告C」という)は、いずれもXの子である(甲一二)。
2 Xは、平成八年一二月二一日午後零時四〇分ころ、JR根岸線洋光台駅近くの横浜市磯子区洋光台三丁目所在の公団洋光台中央団地広場で開催されていた歳末セール福引き抽選所の付近において、たまたま居合わせた被告の長女Y(平成五年一〇月二五日生、当時三歳、以下「Y」という)の上に酔余倒れかかり、同女の上に覆いかぶさったため、これを目撃した被告は、「何するんだ。」と大声を上げ、XをYから引き離した。その後救急車が呼ばれ、Yは病院に搬送され、駅前交番から警察官が来た(以下、これを「本件事件」という)。
3 本件事件の二日後である同月二三日、Xは、自宅で気持ちが悪いと吐き気を訴え、家族に連れられて恩賜財団済生会横浜市南部病院(以下「訴外病院」という)で診察を受けたが、当日は休日であったため、後日精査することとされて一旦帰宅した後、翌二四日、救急車により同病院に運ばれ、診断の結果、脳挫傷、頭蓋骨骨折、外傷性くも膜下出血の傷害を負っていることが判明した。Xは、そのまま入院し、同月二八日に頭部手術を行ったが、脳の障害(脳梗塞の状態)は快復しなかった。
その後、Xは、平成九年二月二二日、右病院から自宅でのリハビリを求められて退院したが、同年七月一五日に再び同病院に入院し、同年一一月二日肺炎により死亡した。(以上、甲一ないし五、三五、三八)
二 原告の主張
1 被告による暴行
被告は、本件事件の際、Yに覆いかぶさっているXに急遽駆け寄り、同人を後ろから抱え上げ、うつ伏せの状態のまま地面に放った上、頭部を打ち意識を失い動かなくなったXに対し、腹立ち紛れに革靴を履いた足で何度も蹴り上げた。そのため、Xは暫くの間、死んだように動かず、付近の人が声をかけ、揺り起こすと漸くかすかに「ウーン」と声を上げたが、自力では起きあがれない状態であった。
2 Xの死亡との因果関係
Xは、入院直後の平成八年一二月二八日に訴外病院内で転倒事故を起こしたが、これも被告の暴行による硬膜下血腫、血管攣縮に起因するものであり、被告の暴行と因果関係がある。
また、Xは、平成九年二月二二日に同病院を退院した後も、同病院の看護婦が訪問看護し、家族はXにリハビリに努めさせようとしたものの、子供のように急に泣き出して感情が抑えられないなど、家族にとっても看護の困難な日々が続き、さらに気管支に食物が入ったときに自力で痰を出すことが困難な状態となっていた。Xは、その間も肺炎及び嚥下障害の診断がされており、同年七月一五日には、誤嚥性肺炎で再び右病院に入院し、同年一一月二日右肺炎で死亡したものであるから、被告の暴行とXの死亡との間には法律上の因果関係が十分認められる。
3 責任原因
被告は、前記暴行により、Xに対し、脳挫傷、頭蓋骨骨折、外傷性くも膜下出血の傷害を負わせ、ひいてこれに起因する誤嚥性肺炎により同人を死亡するに至らせたものであるから、民法七〇九条により、Xと原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
4 損害
(1) Xにつき
<1> 逸失利益 二八八万三三三九円
Xは、本件事件当時、毎日新聞洋光台販売店で新聞配達の仕事をしており、月額で少なくとも平均四万二五〇〇円の収入を得ていた。また、厚生年金通算老齢年金として八四万三九九六円、国民年金通算老齢年金として二六万六一九六円、恩給として四九万七五七五円の年収があり、右の合計は二一一万七七六七円となるところ、Xは今後少なくとも三年間は就労可能であったから、その逸失利益は右のとおりとなる。2,117,767×(1-0.5)×2.723=2,883,339
<2> 入院・治療費
治療費 九〇万四八五〇円
入院雑費 九万二〇一四円
訪問看護費用 一万二六二〇円
計 一〇〇万九四八四円
<3> 慰謝料 一四〇〇万円
(2) 原告Aにつき
<1> 葬儀費用 一二〇万円
<2> 固有の慰謝料 二〇〇万円
(3) 原告Bの固有の慰謝料
二〇〇万円
(4) 原告Cの固有の慰謝料
二〇〇万円
(5) 弁護士費用 二五〇万円
5 よって、原告らは被告に対し、不法行為による損害賠償として、Xの損害を相続した分と固有の損害とを合わせ、原告Aにつき一三三九万六四一一万円、同B及び同Cにつき、それぞれ七〇九万八二〇五円、並びに右各金員に対する前記不法行為の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 被告の反論
1 被告の暴行の態様について
被告は、本件事件前において、Xが福引き抽選所に並んでいた女性のハンドバッグの紐を引っ張り、同女が抵抗している姿を目撃しており、その数分後、今度は列の後ろの方で女性の悲鳴が上がり、Yが泣き叫ぶ声を聞いた。振り返ると、YがXの下敷きになっていたため、被告は、Yを救出するため、同女に覆いかぶさっているXを引き離そうと、その左肩付近を掴んで引っ張り、Xの身体をずらし、その間に被告の妻が長女を救い出したのであり、Xを後ろから抱え上げたり、うつ伏せのまま地面に放ったりはしていない。
その後、被告は、Xの胸倉を掴んで「てめー何するんだよ」と怒鳴りつけたが、Xは薄笑いを浮かべた表情であったため、腹立ち紛れに再び横になったXの右上腕部をゴム底のスニーカーで一回蹴った。したがって、この間にXが頭部を強く打つ状況はなかった。Xは、救急車が到着するまでの間、付近を徘徊したり座って独り言を言っていたのであり、駅前交番内では警察官に向い「中曽根を知っているか。俺は悪くねえ。ばかやろう。」等と意味不明の暴言を吐いていたものであり、酩酊はしていたが、意識には異常を来していなかった。
XがYの上に倒れかかり下敷きにしたことにより、同女は頭部を打ち、額が赤く腫れ上がったため救急車が呼ばれたのであり、同女が救急車で搬送されたことも、警察官においてXを加害者と認識したことも何ら間違っていなかった。
2 因果関係について
(1) Xは、入院直後の平成八年一二月二八日午前五時ころ、訴外病院内の病室において、妻に支えられて立とうとしたところ転倒し、頭部を強打したことにより急性硬膜下血腫が生じ、その血塊除去のため、頭部切開の緊急手術が実施された。
Xの意識障害や左麻痺が右手術後に生じたことからすると、Xのその後の症状と外傷性くも膜下出血や脳挫傷との因果関係は疑わしく、まして、Xの死亡と右傷害との間の因果関係はない。
(2) 平成八年一二月二三日のレントゲン検査により判明したXの頭蓋骨骨折の位置は右頭頂部であり、外傷として右前額部に血腫が認められているのであるから、頭蓋骨骨折の原因となった打撃の位置は右前額部(右の眉の上付近)と考えられるところ、本件事件現場はコンクリート製のタイルが敷き詰められ突起物のない平坦な広場であり、Xが右前額部を強打するような状況は考え難い。
仮に、当時、Xが右前額部を強打したのであれば、その直後に当該部分が悪化して血腫ができ、誰かが気づくはずであるにもかかわらず、被告はもとより、駅前交番にいた複数の警察官の誰一人としてこれに気づいていないのは不自然である。
右のような状況、並びにXが、事件当時、わずか三歳の女児の上に倒れかかった事実や、その後のXの言動からは、Xがかなり飲酒酩酊していた事実が窺えるのであって、同人が駅前交番から出た後、自ら転倒して縁石の角等に右前額部を強打した可能性は十分ある。
(3) Xの前記退院は、もともとの受傷に基づく症状について、積極的な治療を施さなくても症状の悪化がなくなったことを意味するから、仮にそれ以前のXの症状について被告の行為が何らかの関与をしている可能性が認められたとしても、右退院以降の身体状況の変化については完全に相当因果関係がなくなったものと解されるべきである。
(4) Xは既に七九歳の高齢者であったから、加齢による身体状況の変化が生じるのは当然のことであり、誤嚥は高齢者によく認められる症状であって、老人性のものと考えられ、頭蓋骨骨折等と死亡との間には因果関係はない。
3 責任原因について
右2に見た事情からすれば、被告が本件事件から一〇か月以上も経過した後の死亡に至るまでの全てにわたって責任があるとする原告の主張は到底首肯できない。
被告は、長女を救出するためとはいえ、行き過ぎた言動があった点は反省しているものの、法的責任の点からいえば、Xの胸倉を掴んで立たせ、前後に揺さぶり、右上腕部を蹴りつけたという暴行の限度で責任を負うにとどまるものというべきである。
4 損害
(1) Xが就労していた点、年金等の支給を受けていた点は不知。
逸失利益については、生活費として二分の一を控除しているが、Xの収入からみて控除の比率が低すぎると考えられる。
また、入院・治療費中、Xが訴外病院内で自ら転倒したことによる急性硬膜下血腫の手術費等については、被告に賠償責任はない。
(2) 原告Aは、Xと別居していたはずであり、固有の慰謝料を主張できるのかどうか疑わしい。
四 原告らの再反論
仮に、被告の暴行とXの死亡との間に因果関係がないとしても、死亡以前のXは、常に介護を要し、神経・臓器機能全般に著しい障害があるという状態であったから、被告には、Xに、かかる後遺障害第一級に相当する障害を負わせたことについて過失がある。
したがって、被告は、X本人の慰謝料二六〇〇万円、原告三名の慰謝料各二〇〇万円、弁護士費用二五〇万円の賠償義務を負うことになるので、原告は、選択的にその内金として、前記請求の趣旨記載の金員の支払を求める。
第三当裁判所の判断
一 事実経過
前記前提事実に、甲第一ないし七号証、第一六ないし二一号証、第三三号証、第三五ないし四五号証、乙第一号証、第二号証の一ないし三、証人飯澤和枝、同中野次郎(Xの担当医師)の各証言、原告A及び被告各本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 本件事件の発生及びXの受傷
(1) 被告は、平成八年一二月二一日午後零時四〇分頃、妻と長女Yとともに買い物をすませ、横浜市磯子区洋光台三丁目所在の公団洋光台中央団地広場で開催されていた歳末セール福引き抽選所の抽選を待つ人の列に加わってゆっくり歩いていたところ、付近の女性のショルダーバッグの紐を引っ張っている男性(後に、被告にとってXとわかる。)が同女から「やめてよ」と言われているのを目撃し、いたずらだろうと思って余り気に留めないでいたが、その直後、後方でYの悲鳴がきこえたので、驚いて振り向くと、両親から少し離れて歩いていたYの上に、右の男(X)がうつ伏せに覆いかぶさって倒れ、Yがうつ伏せになってその下敷きになっているのを見つけた。
そこで被告は、とっさに、XがYにいたずらをしかけたのだと思い、直ちに駆けつけて、「何だ、この野郎」と叫びながら、Xの肩と腰付近を両手で掴み、同人の上半身を起こして同人とYとを引き離し、その隙に、被告の妻がYを救出して抱きかかえた。被告は、そのまま掴んでいた両手を離してXの身体をうつ伏せのまま路面に倒れさせた。
右路面は、コンクリート製タイルが施された固い路面であった。
被告は、なおも腹立たしさが治まらず、路面に倒れて微動だにしないXに対し、「この野郎」などと言いながら、腰や腕付近を革靴を履いたまま数回蹴りつけた。
(2) その後、Xは近寄ってきた人に声をかけられたものの、全く反応できず、しばらくしてようやく「うーいてー」と言いながら地面から上半身を起こした。その後は、Xは、立ってフラフラ付近を歩きまわっており、後に警察官が来たときも、歩いて交番まで連れて行かれた。
他方、Yは、額が赤くなっており、次第に腫れてきたため、救急車を呼び、被告の妻とYを乗せたが、後日、全治二日間の頭部打撲と診断された(甲第七号証)。
(3) その後被告とXは、駅前の交番で事情を聞かれたが、交番内では、XがYに対する加害者として扱われた。
Xは、警察官に向かって、「中曽根を知っているか、俺は悪くねえ、馬鹿野郎」などの意味不明な暴言を吐き続け、酩酊状態であり、事情聴取後、原告Aと同Cに付き添われ、自宅へ帰った。
なお、Xは、同月二三日に訴外病院で診察を受けた際、本件事件当日は日中から日本酒三合、缶ビール二本を飲んでいた旨述べた(甲第三八号証)。
2 Xのその後の治療経過
(1) 本件事故の二日後である平成八年一二月二三日の朝、Xは頭が痛い、気持ちが悪いと訴えたので、原告Aと同CがタクシーでXを訴外病院に連れて受診させた。
当日は、頭部及び腹部のレントゲン検査が実施されたが、翌日に精密検査をすることとなり、翌二四日、Xがタクシーで同病院へ行くことができない状態となったため、救急車で同病院へ行った。
同日のCT検査の結果、全治三週間を要する右頭頂部頭蓋骨骨折、外傷性くも膜下出血、脳挫傷が認められ、外傷としては右前頭部に皮下出血が認められた。右くも膜下出血の出血の程度は、外傷性には珍しいほど多いことから、相当強い外傷を受けたことが推定できるものであった。
(2) そこで同病院は、Xを入院させ、当面は保存的加療で様子をみることとなった。
Xは同月二五日には、意識の状態が悪くなり、食欲が半分から三分の一に低下し、同月二六日には、痴呆状態、意識障害がみられたが、血圧、脈拍、呼吸数は安定していた。
Xの入院時の右症状から脳血管攣縮の可能性もあったので、右同日、血管撮影検査を行った結果、予想どおり血管攣縮があり、その影響で意識障害が起こっていることが判明した。
(3) 同月二八日午前五時二〇分頃、Xがトイレに行きたいとのそぶりを見せ、原告Aの制止を振り切ってベッドから起きあがって二、三歩進みかけたので、原告Aが後ろから同人を抱えようとしたところ、Xと右Aがともに仰向けになって転倒した。
直ちにCT検査が行われた結果、急性硬膜下血腫が確認されたため、頭部を切開し血塊を除去する緊急手術が実施された。
(4) 右の手術後、Xは食事を自分で飲み込むことができず、管で鼻から流動食を入れる状態であり、以後リハビリが行われたが、意識障害と左半身麻痺(半身不随)が見られるようになった。
その後Xの症状から、訴外病院において積極的な治療を要しないと判断され、平成九年二月二二日に退院し、自宅療養、訪問看護の形となった。右退院時の意識レベルは一桁で正常ではなく、目は開けているが意識は清明な状態ではなかった。
Xの看護、介護にはもっぱら原告Aが当たり、区の福祉課からのヘルパーに週三回、訪問専門の看護婦に週二回来てもらっていた。
また、医師からは、肺炎に注意するように指示を受けていたところ、Xは、同年七月に入ってから痰を詰まらせることが多くなり、同月一五日、再び訴外病院に入院した。右再入院時の診断名は誤嚥性肺炎であった。
その後の状態は、ほとんど意識がなく寝たきりで食物もとれず、点滴のみの状態であったが、同年一一月二日、肺炎により、死亡した。
以上のとおり認められ、右認定に反する被告本人の供述及び乙第一号証中の供述部分は採用しない。
二 被告の暴行とXの死亡との因果関係及び被告の責任の程度
1 前記認定の事実によれば、被告がXの身体を両手で掴んでそのままこれを離して身体を路面に倒れさせた際に、Xの前頭部がコンクリート製タイルの施された路面に強打され、その衝撃により、Xが脳挫傷、頭蓋骨骨折、外傷性くも膜下出血の傷害を負ったものと認めるのが相当である。
この点に関し、被告は、被告の暴行の態様を争うとともに、Xの右傷害はいずれも被告の暴行に起因するものではないと主張する。
しかし、前記証人中野医師の証言によれば、Xの右の傷害は、いずれも同じ打撃が原因で生じたものと考えられ、かつ平らな地面に頭を強く打ち付けた場合にも生じうるものであって、Xの右前頭部にかなり広範囲に皮下出血が認められ、その位置に頭蓋骨骨折が起きていること、また、血管攣縮が生じるほど多量のくも膜下出血があることから、同部位に相当強い外傷を受けたことが推認されるというのであり、しかも、前認定の事実経過から明らかなように、被告が自分の娘に突然倒れかかったXに対し怒りを覚え、思わず力が入って前記の暴行に及んだとしても無理からぬことであるし、事件後、交番からはXの妻が付き添って家に連れて帰っており、他にXが頭部に打撃を受ける機会も見当たらないことからすると、被告の前記暴行により、Xが前記路面に頭を強打したことが原因で右の傷害を負ったものと考えるのが合理的である。
2 次に、被告は、Xが訴外病院に入院直後の平成八年一二月二八日に転倒して開頭手術を受けたことから、右手術後の同人の後遺障害と、当初の受傷である外傷性くも膜下出血や脳挫傷との間に因果関係はない旨主張する。
しかし、右証人中野医師の証言によれば、同日早朝のXの転倒の原因は、右以前に受傷した外傷性くも膜下出血に起因する脳血管攣縮により意識状態が悪くなっていることに起因するものと認められるから、右転倒事故の存在が、被告の暴行とその後のXの後遺障害との因果関係を否定する事由とはなり得ない。
しかしながら、右証言によっても、右開頭手術の原因となった急性硬膜下血腫が、同日早朝の転倒により生じたものか、それともそれ以前に既に生じていたものかについては、明らかとはならない。
3 そして、Xは、前認定のとおり、右の開頭手術後、左半身麻痺等の後遺障害が発生し、その後も右症状が完治することなく、高齢も加わって誤嚥性肺炎を併発するに至り、これが原因で死亡するに至ったものであるから、同人の前記傷害(脳挫傷、頭蓋骨骨折、外傷性くも膜下出血)と右死亡の結果との間の因果関係についても、これを否定することはできないというほかない。
4 しかしながら、そもそもXに対する被告の暴行は、XがYに覆いかぶさるように倒れ、同女を下敷きにしたことに端を発したもので、被告は、もっぱらYを助けるため、防衛の意思で右の暴行に及んだものであり、前認定のとおり本件事件直後にYが救急車で運ばれたように、一歩間違えば同女に重大な傷害が生じ、加害者・被害者の立場が逆転する可能性もなかったとはいえず、被告の右暴行は、結果として刑法上の過剰防衛に相当する行為ともいい得る上、Xの前記後遺障害が発生する直前の前記開頭手術の直接の原因となった急性硬膜下血腫は、右にみたとおりX自らの転倒事故の前から生じていたものか、右転倒により生じたものであるかも明らかではない。しかも、本件は、<1>被告の前記暴行、<2>Xが負った前記外傷性くも膜下出血等の傷害、<3>右の転倒事故と開頭手術を経て、<4>前記の後遺障害が発生し、<5>その後誤嘸性肺炎を併発して、<6>死亡に至るという複雑かつ極めて長期間の経過をたどっているものである。
以上の事情を総合的に考慮すると、被告の暴行とXの死亡との間には、最終的には相当因果関係が認められるものの、右の損害を賠償すべき被告の責任割合ないしその寄与率は、公平の観点から、Xの死亡による全損害の一〇パーセントとみるのが相当である。
三 損害
1 Xに発生した損害
(1) 治療費
前認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、訴外病院におけるXの治療費として九〇万四八五〇円が支出されたことが認められる。
(2) 訪問看護費用
訪問看護費用については、これを認めるに足りる証拠はない。
(3) 入院雑費
前認定の事実からすれば、Xの入院日数は一七二日であると認められ、一日当たりの入院雑費を一三〇〇円として計算すると合計二二万三六〇〇円となるから、原告らの請求する九万二〇一四円は相当と認められる。
(4) 逸失利益
(イ) 給与所得
甲第二五ないし三二号証、並びに前記甲第三五号証、原告A本人尋問の結果によると、Xは、本件事件当時、七八歳の男性であり、毎日新聞洋光台販売店で新聞配達の仕事をし、月額で少なくとも四万二五〇〇円の給料の支払いを受けており、本件事件がなければ、少なくとも二年間は就労が可能であり、年収額五〇万円程度の収入を得られたものと推認でき、また生前の生活状況からみて生活費控除率は五〇パーセントとするのが相当である。
そこで、Xの本件事件当時における逸失利益の原価は、ライプニッツ方式により中間利息を控除すると、次のとおりとなる。
500,000×0.5×1.8594=464,850
(ロ) 老齢厚生年金等
甲第二二ないし二四号証によれば、Xは、老齢厚生年金として年額八四万三九九六円、老齢国民年金として二六万六一九六円、恩給として四九万七五七五円の合計一六〇万七七六七円を受給していたことが認められるが、生活費控除率を、同じく五〇パーセントとし、X死亡時(七九歳)の平均余命は八・〇六年であるから、前記と同様の計算方法によると、
1,607,767×0.5×6.4632=5,195,659
(円未満切り捨て、以下同様)
(ハ) 右(イ)と(ロ)の合計額は、五六六万〇五〇九円となるから、原告らの請求する二八八万三三三九円は相当と認められる。
(5) 慰謝料
本件事件の態様、ことにXが先にYに倒れかかり、同女を下敷きにしたことが本件のきっかけとなっており、Xにも少なからぬ落ち度があると認められること、その他生前の生活状況、家族関係、年齢等の諸事情を考慮すると、Xの慰謝料としては七〇〇万円が相当である。
(6) 右(1) ないし(5) の合計 一〇八八万〇二〇三円
2 原告Aの固有損害
(1) 葬儀費用は、弁論の全趣旨により、原告ら主張の一二〇万円をもって相当と認められる。
(2) 慰謝料
まず、被告は、Xと原告Aが別居していたから同原告に固有の慰謝料を認めるのは疑問である旨主張するが、甲第三五、第三六号証によると、右両名は仕事の便宜上近くの別々の居所で寝起きはしていたが、日常の生活は同居と同視できるものであったことが認められる上、前認定のとおり同原告がXの死亡に至るまで同人の介護を継続していたものであるから、同原告固有の慰謝料も認めるべきである。
そして、同原告の右介護の状況、並びにXの生前の生活状況、年齢等を考慮すると、同原告の慰謝料としては同原告請求の二〇〇万円をもって相当とする。
3 原告B、同Cの固有損害としての慰謝料は、各五〇万円が相当である。
4 右1ないし3の合計(総損害額)は一五〇八万〇二〇三円となるところ、被告の負担すべき損害額は、前記判断のとおり、その一〇パーセントに当たる一五〇万八〇二〇円となる。
5 相続
原告Aは、配偶者として二分の一、その余の原告らは、子として各四分の一の相続分を有するから、各原告の損害額は次のとおりとなる。
(1) 原告Aの損害額
前記1の二分の一と2の合計額の一〇パーセントに当たる八六万四〇一〇円(円未満切捨)
(2) その余の原告らの損害額
前記1の四分の一と3の合計額の一〇パーセントに当たる各三二万二〇〇五円(円未満切捨)
6 弁護士費用
被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、右の認容額の約一割を超える原告Aにつき一〇万円、その余の原告らにつき各五万円とするのが相当である。
四 結論
以上によれば、原告らの請求は、原告Aが九六万四〇一〇円、その余の原告が各三七万二〇〇五円及び右各金員に対する前記不法行為日である平成八年一二月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大和陽一郎 裁判官 清水研一 裁判官 宮崎牧子)